1-1. クチヒゲ商事株式会社を設立する
会社を作るには、元手となるお金が必要です。クチヒゲさんは自分で3,000,000株を発行し、1株あたり1円、合計3,000,000円を出資してクチヒゲ商事株式会社を設立します。この3,000,000円が会社の最初の現金であり、すべての事業はここから始まります。
会社法445条は「払込金額の2分の1を超えない額は、資本金としないことができる」と定めています。クチヒゲ商事株式会社ではこの規定を最大限に活用し、3,000,000円の半分の1,500,000円を資本金、残りの1,500,000円を資本準備金として計上します。
資本準備金に多く振り分ける理由は、将来の欠損填補や減資の柔軟性を確保するためだけではありません。税務上の実益もあります。資本金の額が1,000万円未満であれば、設立後2事業年度は消費税の納税義務が免除されます(ただしインボイス発行事業者を選択した場合を除く)。さらに資本金が1億円以下であれば法人事業税の外形標準課税の対象外となります。出資額が大きくなるほど、「資本金」を低く抑えて残りを資本準備金に回す実務上のメリットが生まれるわけです。
次に、なぜ1株1円で3,000,000株という設計にしているのかを補足します。将来、第三者割当増資でベンチャーキャピタル(VC)やエンジェル投資家から出資を受ける場合、株式数が少ないと持株比率を細かく調整できません。たとえば1株3,000,000円で1株だけ発行していた場合、新たな出資者を迎えるには、まず株式分割(1株を100株や1,000株に分ける手続き)を行って1株あたりの単価を下げなければ、引受先が見つからないのです。株式分割には株主総会決議と登記手続きが必要で、コストと時間がかかります。上場(IPO)準備段階でも、流通株式数や投資単位の基準を満たすために株式分割はほぼ不可避です。最初から株式数を十分に確保しておけば、こうした手間を避けて柔軟に株式を割り当てることができます。
設立時に株式交付費(登録免許税や司法書士報酬など)が発生する場合、キャッシュ・フロー計算書では実際に手元に残った金額(払込金額から株式交付費を差し引いた純額)を「株式の発行による収入」として表示します(連結CF実務指針9項)。この教材ではシンプルにするため株式交付費は発生しないものとします。
1-2. 仕訳を切る
出資により会社の銀行口座に3,000,000円が振り込まれます。仕訳は次のとおりです。
この仕訳を読み解くと、左側(借方)は会社の現金が3,000,000円増えたことを表し、右側(貸方)は株主からの出資という資金の出どころを表しています。貸借対照表の資産と純資産が同額で増加するため、貸借対照表は必ず左右一致します。
ここで大切なのは、この仕訳は会社(法人格)の視点で記録しているという点です。会社設立により、クチヒゲさん個人と、クチヒゲ商事株式会社という法人は法律上まったく別の人格になります。クチヒゲさんが個人の預金口座から3,000,000円を引き出す行為は、あくまでクチヒゲさん個人の取引です。会社の帳簿に記録されるのは「会社が株主から3,000,000円の出資を受けた」という事実だけであり、株主がそのお金をどこから用意したかは会社の帳簿には現れません。
なお実務上、会社設立前は法人格が存在しないため法人名義の銀行口座を開設できません。発起設立(発起人だけで設立する方法)の場合、出資金はまず発起人の個人口座に払い込みます(会社法第34条第2項)。クチヒゲ商事株式会社のように発起人が1名の場合は、自分の個人口座に出資額を入金し、その通帳コピーと設立時代表取締役が作った証明書を合綴して「払込みがあったことを証する書面」とします。設立登記が完了した後、法人口座を開設し、個人口座から法人口座へ資金を移します。
1-3. キャッシュ・フロー計算書への影響
株式の発行による入金は「財務活動によるキャッシュ・フロー(財務キャッシュ・フロー)」に分類されます。なぜなら、財務活動とは「資金をどうやって調達したか」を示す区分であり、株主からの出資はまさに資金調達そのものだからです。
キャッシュ・フロー計算書には次の1行が追加されます。
営業活動も投資活動もまだ行っていないので、営業キャッシュ・フローと投資キャッシュ・フローはゼロです。現金の期首残高がゼロ、期末残高が3,000,000円、現金増減額が+3,000,000円。この増減額は財務キャッシュ・フローの3,000,000円と一致します。
1-4. CF精算表(CFWS)を作る — 初回の素振り
ここでCFWSを初めて作ります。CFWSとは、貸借対照表各科目の増減額を「営業キャッシュ・フロー」「投資キャッシュ・フロー」「財務キャッシュ・フロー」の3列に振り分ける作業シートです。各行で貸借対照表増減とCF列の合計が一致していれば(check行がゼロなら)、振り分けが正しいことを確認できます。
作成手順5ステップに沿って進めましょう。
ステップ(1) 取引モジュールで個別取引を確認する
a_取引モジュール のExcelファイルを開いてください。「MFインポート仕訳」シートに仕訳データが入っています。
取引は「株式発行3,000,000円」の1件だけです(取引No = 1の3行が1つの複合仕訳です)。投資キャッシュ・フローや財務キャッシュ・フローに計上する金額は、貸借対照表増減の純額ではなく取引の総額を使います。この例では株式発行が1回だけなので純額と総額は同じ3,000,000円ですが、この「取引モジュールから総額を拾う」という手順を今から習慣づけておきます。
ステップ(2)(3) 仕訳の転記と年次推移表への集計
取引モジュールの仕訳をb_年次推移表に集計します。設立初年度なので期首はすべてゼロです。
年次推移表には、貸借対照表科目が行方向に、年度が列方向に並んでいます。Step 1では普通預金・資本金・資本準備金の3科目だけが動いています。最下行のcheck行が全年度「−」(ゼロ)で、貸借一致が確認できます。
設立初年度の増減を整理すると次のとおりです。
損益計算書はまだ存在しません(取引がないため)。
ステップ(4) CFWSに参照を作り、キャッシュ・フロー計算書を組み立てる
c_CFWS のExcelファイルを開いてください。「CFWS_2022」シートが上半分に精算表、下半分にキャッシュ・フロー計算書という構成になっています。
精算表の左側(科目名〜増減列)には年次推移表からINDEX/MATCHで参照された貸借対照表増減が入っています。右側のCF列を見てください。
| 科目 | BS増減 | 営業CF | 投資CF | 財務CF |
|---|---|---|---|---|
| 現金預金 | +3,000,000 | — | — | — |
| 資本金 | +1,500,000 | — | — | +1,500,000 |
| 資本準備金 | +1,500,000 | — | — | +1,500,000 |
資本金と資本準備金の増減を合算すると+3,000,000円。これが財務キャッシュ・フロー「株式の発行による収入」の金額です。
ステップ(5) check行がゼロであることを確認する
精算表の最右列「合計」を見てください。各行で「貸借対照表増減 − CF列の合計」が計算されています。すべて「−」(ゼロ)になっていれば振り分けは正しいと確認できます。
- 現金預金: 現金行はCF3区分の合計で自動検証される特別な行です
- 資本金: 貸借対照表増減 +1,500,000 = 財務CF +1,500,000 → 差額ゼロ
- 資本準備金: 貸借対照表増減 +1,500,000 = 財務CF +1,500,000 → 差額ゼロ
全行ゼロで整合OKです。精算表の下半分にはキャッシュ・フロー計算書が表示されています。
1-5. Step 1のまとめ
この段階でCFWSには財務キャッシュ・フローの1行しかありません。しかし、作成手順5ステップを1回通しで体験したことが重要です。ここから先のStepでは、新しい論点を追加するたびにCFWSの行が増えていきます。同じ5ステップを繰り返し使うことで、手順そのものが自然に身についていきます。
Step 1完了時の状態
- CFWS: 財務キャッシュ・フロー 1行のみ(株式発行収入 +3,000,000)
- 会社の現金残高: 3,000,000円
- できるようになったこと: 作成手順5ステップを1回通しで体験