4-0. 導入 — なぜ借入をするのか
Step 5で設備投資を行う予定のクチヒゲ商事株式会社ですが、手元資金だけでは足りません。クチヒゲさんは銀行から長期借入を行い、設備投資の原資を確保することにしました。
このステップでは、長期借入金の借入・返済・利息支払の3つの取引を通じて、財務キャッシュ・フローの充実と、支払利息の2段階表示を学びます。Step 3で学んだ受取利息のパターンの「裏返し」が登場するため、理解の定着が図れます。
4-1. 借入条件と返済予定表
返済予定表
利息は元金残高に利率2%を乗じて計算するため、元金が減るにつれて利息も逓減していきます。3,000,000 x 2% = 60,000(X1期)、2,400,000 x 2% = 48,000(X2期)、という具合です。5年間の利息合計180,000が借入の総コストです。
4-2. 仕訳とCFへの影響
(a) 借入金の実行(X1期首)
銀行から3,000,000が入金され、現金が増加します。これは資金の調達活動であり、財務キャッシュ・フローに表示します。
連結CF実務指針9項は、財務活動によるキャッシュ・フローとして「借入れによる収入」「借入金の返済による支出」を例示しています。
(b) 元金返済(各期末)
元金600,000を返済し、現金が減少します。
(c) 利息支払(各期末)
支払利息は損益計算書の営業外費用に計上されます。キャッシュ・フロー計算書での扱いは、Step 3の受取利息と同じ2段階表示ですが、加減の方向が逆転します。
Step 3の受取利息と対比すると、受取利息は利益を増やしているから減算で除外し、支払利息は利益を減らしているから加算で除外します。まったく同じ2段階表示の裏返しです。
利息の表示区分には方法1(受取利息・支払利息ともに営業キャッシュ・フロー)と方法2(受取利息を投資キャッシュ・フロー、支払利息を財務キャッシュ・フロー)がありますが、実務上は方法1が主流です(Q3-7参照)。本教材でも方法1を採用しています。
4-3. 支払利息の支払額計算 — 「損益計算書費用 +- 貸借対照表増減 = 現金支払額」
Step 3で紹介した公式の2回目の登場です。
本ケースでは期末に利息を現金で支払っているため、未払利息は発生しません。したがって損益計算書の支払利息60,000 = 支払額60,000で一致します。
もし仮に、X1期末の利息60,000のうち20,000が翌期払い(未払利息)だった場合はどうなるでしょうか。
損益計算書上は60,000の費用が計上されますが、実際に現金が出ていったのは40,000だけです。残り20,000は未払のまま翌期に繰り越されます。この「損益計算書費用 +- 貸借対照表経過勘定の増減 = 現金支払額」という公式は、Step 6の法人税等の支払額でも3回目の登場となります。
4-4. 総額表示 — このステップの最重要ポイント
X1期の長期借入金の貸借対照表増減を見てみましょう。
貸借対照表増減は+2,400,000です。しかしCFWSの財務CF列に「+2,400,000」と1行で書いてはいけません。
実際には「借入+3,000,000」と「返済△600,000」という2つの異なる取引が発生しています。キャッシュ・フロー計算書では、この2つを総額で別々に表示する必要があります(連結CF作成基準 注解(注8)、Q3-8参照)。
なぜ総額表示が必要なのでしょうか。借入と返済は性質の異なる取引です。借入は「新たな資金調達」であり、返済は「既存の債務の履行」です。この2つを相殺して純額で表示すると、企業の資金調達活動の実態が見えなくなります。
たとえば「純増減+2,400,000」だけ見ても、「3,000,000借りて600,000返した」のか「5,000,000借りて2,600,000返した」のか判別できません。キャッシュ・フロー計算書の読者(投資家、債権者)にとって、借入総額と返済総額はそれぞれ重要な情報です。
会計基準では「期間が短くかつ回転が速い項目」に限り純額表示を認めています(連結CF作成基準 注解(注8)、Q3-8参照)。具体的には3か月以内の短期借入金の純増減額が典型例です(実務指針37項・38項)。長期借入金は総額表示が原則です(Q3-11参照)。
短期借入金のロールオーバー(借り換え)を具体的に見てみましょう。3か月ごとに借り換えを繰り返すと、年間の借入総額・返済総額は実際の残高に比べて非常に大きくなります。
この例では期首残高500万円の短期借入金を3か月ごとに借り換え、10月に600万円へ増額しています。年間の借入合計は1,700万円、返済合計は1,600万円ですが、実態は「残高が100万円増えただけ」です。これを総額で表示すると資金調達活動を過大に見せてしまうため、短期借入金には純額表示が認められています。
貸借対照表増減だけではキャッシュ・フロー計算書は作れない
このポイントはCh0で予告した原則の具体例です。営業キャッシュ・フローは貸借対照表増減から間接法で導出できますが、投資キャッシュ・フロー・財務キャッシュ・フローは取引モジュールから個別取引の総額を拾う必要があります。だからこそCF精算表(CFWS)という作業シートが必要なのです。
4-5. 1年内返済予定への振替 — キャッシュ・フローノーインパクト
決算日から1年以内に返済期限が到来する部分は、貸借対照表上で「1年内返済予定長期借入金」(流動負債)に振り替えます。
この仕訳を見てください。借方も貸方も負債科目です。現金はまったく動いていません。貸借対照表内部での科目の組替えにすぎないため、キャッシュ・フローへの影響はゼロです。
CFWSを作るときに注意すべき点が1つあります。年次推移表では「長期借入金」と「1年内返済予定長期借入金」が別々の科目として表示されます。それぞれの貸借対照表増減を見ると数字が動いていますが、両者を合算すれば元の長期借入金の増減と一致します。CFWSでは、この2科目を合わせて「長期借入金」として処理するか、それぞれの増減を財務CF列に転記したうえでcheck行がゼロになることを確認します。
4-6. CFWSの更新
ステップ(1) 年次推移表の確認
b_年次推移表 のExcelファイルを開いてください。短期借入金・長期借入金が貸借対照表に、支払利息が損益計算書に追加されます。
ステップ(2) 取引モジュールの確認
a_取引モジュール のExcelファイルを開いてください。
ステップ(3) CFWSへの転記
c_CFWS のExcelファイルを開いてください。
CFWSを開いたら、上半分の精算表エリアを見てください。
短期借入金の行を見ましょう。BS増減が「短期借入れによる収入」列に1,000,000と転記されています。長期借入金も同様に「長期借入れによる収入」列に2,000,000です。いずれもcheck列ゼロ。
支払利息に関連する行を見てください。税引前当期純利益△14,556に対して、支払利息+14,556が小計上で加算されて相殺し、小計はゼロになります。小計の下に利息の支払額△14,556が表示され、これが営業CFの合計△14,556になります。
下半分のCF計算書エリアでは、精算表の列合計がCF計算書の各行に集約されています。
- 税引前当期純利益 △14,556
- 支払利息 +14,556 — 小計の上で加算して除外
- 小計 0
- 利息の支払額 △14,556 — 小計の下で現金ベースの支払額を減算
- 営業CF △14,556
- 短期借入れによる収入 +1,000,000
- 長期借入れによる収入 +2,000,000
- 株式の発行による収入 +3,000,000(Step 1で計上済み)
- 財務CF +6,000,000
最終行のcheck列がゼロであれば精算表は完成です。期末現金残高は5,985,444となり、BS上の普通預金と一致します。
4-7. 返済予定表で5年間のCFを俯瞰する
返済予定表を使えば、5年間の財務キャッシュ・フローを見通すことができます。
X1期は借入実行により大きなプラスですが、X2期以降は返済と利息の支出のみでマイナスが続きます。5年間を通じて見れば、借入3,000,000に対して返済3,000,000+利息180,000=3,180,000の現金流出です。借入金のネットの影響は利息コスト180,000のみです。
この「借りた分は全額返す。だから長期で見れば元本部分は差引ゼロ」という視点は、キャッシュ・フロー計算書を読む際の重要なリテラシーです。
4-8. Step 4のまとめ
このステップで学んだことは4つです。
第一に、財務キャッシュ・フローの総額表示。貸借対照表増減の純額ではなく、取引モジュールから借入と返済を別々に拾い、2行で表示すること。
第二に、支払利息の2段階表示。Step 3の受取利息と同じパターンの裏返しであること。
第三に、「損益計算書費用 +- 貸借対照表経過勘定増減 = 現金支払額」の公式の2回目の適用。本ケースでは未払利息がないため公式の出番はありませんが、構造は同じです。
第四に、1年内返済予定への振替がキャッシュ・フローノーインパクトであること。貸借対照表内の科目組替えは現金を動かさないため、CFWSでは整合確認のみ必要です。
Step 4で追加された全項目を反映したCF計算書の全体像です。
Step 3・4の学習効果まとめ
新しく追加されたキャッシュ・フロー計算書の行
繰り返しパターンの強化
Step 3で軽い導入(貸付金・受取利息)を行い、Step 4で同じパターンの裏返し(借入金・支払利息)を見せることで、2段階表示と総額表示という2つの重要概念が自然に定着します。Step 5(固定資産)という最も複雑な論点に進む前に、この2つの概念を確実に身につけておくことが、教材全体の設計意図です。